外国人選手活躍の先駆けとなった選手の1人、デトレフ・シュレンプとは?

現在、NBAでは沢山の外国人(アメリカ以外の国)の選手が活躍しています。

殿堂入りをする選手も多く、NBAは「アメリカのリーグ」と言うより「世界のトップリーグ」と言った方が正しい感じにすらなってきました。

 

そんなNBAで活躍したドイツ人選手と言えばダーク・ノビツキー。

しかし、忘れてはいけない「元祖ドイツ出身NBA選手」がいます。

デトレフ・シュレンプ

80年代のNBAでの彼の活躍は、その後多くの外国人選手がNBAデビューするきっかけにもなった選手なんです。

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ヨーロッパの力を示した長身シューター

1985年のドラフトで全体8位でダラス・マーベリックスに指名されNBAデビュー。

当時NBAではまだ外国人選手が少なかったため、外国人選手の活躍があまり期待されていない中での8位指名はそれだけで価値のある出来事だった。

206cmの身長を活かし高い打点からアウトサイドシュートを得意としたシュレンプは、控えのシューターとして4割を超える高いシュート力を発揮。

4年シーズンダラスでプレイした後に渡ったペイサーズの5シーズンでは平均16.7得点を記録し、そのうち2シーズンでシックスマン賞を受賞する活躍を見せた。

 

ちなみにですが、NBAファイナルまで行った、ドイツ人選手は

デトレフ・シュレンプとダーク・ノビツキー

の2人だけです。

 

残念ながら、デトレフ・シュレンプはNBAチャンピオンにはなれませんでしたが・・・

 

シアトル・スーパーソニックスのスタープレイヤーに

その後シアトル・スーパーソニックスへと渡った彼はそこで才能を開花させる。

以前までシックスマンだった彼はスターティングメンバーに抜擢され、高い得点力を発揮する。

またペイサーズ時代に得点の機会が増えたことにより落ちていた3ポイントシュートの確率も上がり、シアトルでの2シーズン目で驚異の51.4%を記録。

またシアトルでは3年連続オールスターゲームとオールNBA3rdチームにも選出されている。

彼の活躍はヨーロッパに大きな影響をもたらし、またヨーロッパ選手の可能性を示した。

後にドイツからはクリス・ケイマンやダーク・ノビツキーらがNBAデビューし、その他のヨーロッパの国からもトニー・クーコッチやガソル兄弟、トニー・パーカーなど多くのNBA選手が輩出される。

デトレフ・シュレンプの活躍はNBAにとってもヨーロッパにとっても輝かしいものであり、今後も語り継がれるだろう。

引退後のデトレフ・シュレンプは?

引退後もアメリカに居住しているらしく、2005-6シーズンはペイサーズのコーチも務めたようです。

その後、シアトルで会社を経営しているようです。

 

【文:Kenshin】

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