3ポイントシューターの需要が高まり、今でこそフォワードやセンターまでも3ポイントを打てるのは当たり前になっている。
しかし、2000年代前後の頃はフォワードやセンターで3ポイントを打つ選手は珍しかった。
そんな時に活躍したパワーフォワードかつ3ポイントシューターの元祖とも言えるのがペジャ・ストヤコビッチである。
彼は一体どんな選手だったのだろうか。
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キングスの黄金期を支えた知る人ぞ知る名選手
1998年から2011年まで活躍し、2014年には2006年まで所属したサクラメントキングスで彼の背番号16が永久欠番となった。
全盛期に当たる2003-04シーズンでは全てキャリアハイの81試合先発出場で平均24.2得点6.3リバウンドFT率92%を記録している。
ちなみに彼がキングスに加入しトレードで放出されるまでの8年間、キングスは8年連続でプレイオフに出場している。
208cmの高身長シューター
当時ではあまりいなかったフォアードの高身長シューターで、シューティングガードの役割もしていた。
キャリア平均は17得点と高得点ながらFG率53%3 P率40%FT率89%と驚異のシュート成功率を記録しており、2003年のスリーポイントコンテストでは優勝しているほどだ。
念願の初優勝で有終の美を飾る
33歳で13シーズン目を迎えていたぺジャは、2010年にジェイソン・キッドやダーク・ノビツキー、ショーン・マリオンら率いるマーベリックスへ移籍し、マーベリックスは優勝経験のないオールスターメンバーが揃う「無冠の帝王」と言われた。
ファイナルはこのシーズンに結成されたビッグ3のレブロン、ウェイド、ボッシュ率いるヒートとの対戦になり、イーストでシーズン勝率1位を記録していたヒート優勢かと思われた。
しかしノビツキー筆頭にぺジャを含むベテランの活躍が功を無し、彼らは悲願の初優勝を手にしたのだった。
その年にぺジャは引退を表明、まさに有終の美と言える最後を飾ったのだった。
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