フィルジャクソンという最多優勝回数を誇るHCを知っているだろうか?
彼はバスケットボールの神マイケル・ジョーダン
2度の3連覇を成し遂げた90年代のシカゴ・ブルズ。
3連覇をしたチームは数えるほどしかないがそのうち2つのチームを束ねていた。
一体フィルジャクソンとはどのようなHCなのだろうか?
彼はどのような戦術を使っていたのか?
フィル・ジャクソンは元々選手だった!?フィル・ジャクソンってどんな人なの?
フィル・ジャクソンはHCとして有名ですが元々はNBA選手で、ニューヨーク・ニックスやニュージャージー・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)に所属をしていた。
そして、なんと選手時代にも優勝を経験している。
優勝はしているもののスーパースターだったわけではなく、フィル・ジャクソンの名が知られるのはHCになってからである。
フィルジャクソンはシカゴブルズのAC(アシスタントコーチ)として監督業をスタートさせる。
当時のHCが優勝できずに解雇になったところACからHCとなりフィルジャクソンの伝説は始まる。
彼は後にHCとして最多の11度の優勝を誇り、リーグ最高の勝率を叩き出す。
そんな彼は禅導師を意味する「ゼン・マスター」と呼ばれた。
3連覇の軌跡。フィル・ジャクソンが率いたブルズ、そしてレイカーズ
3度の3連覇を達成する彼が最初の3連覇を果たすのがシカゴ・ブルズである。
ブルズにはあのマイケル・ジョーダン。そしてスコッティ・ピッペンが所属。
また、インサイドの要であるホーレス・グラントが所属していた。
トライアングルオフェンスを初導入し見事に優勝する。
しかし、3連覇のあとマイケルジョーダンがメージャーリーグを目指すため引退。
知らない人は何を言っているかわからないと思うがマイケル・ジョーダンは夢であったメジャーリーグを目指すため一時的にNBAを引退したのである。
マイケル・ジョーダンが引退してからの2年間に優勝したのがジョン・ストックトンとカール・マローン要するユタ・ジャズだった。
そして、2年後、マイケル・ジョーダンはNBAに復帰。
すると、ブルズは2度目の3連覇を果たすこととなったのだ。
もし、ジョーダンがメジャーに挑戦をしていなかったから8連覇をしていたのか・・・
当時のファン達はそんな夢を語りあっていた。
ブルズでの2度目の3連覇のあとフィルジャクソンはロサンゼルスレイカーズに招集されレイカーズのHCとなる。
当時のレイカーズにはシャキール・オニール、コービー・ブライアントというスーパースターが所属していた。
フィルジャクソンはブルズ同様にトライアングルオフェンスを導入し見事3連覇を達成。
現在王者であり、最強のゴールデンステート・ウォリアーズですら未だに3連覇を達成していない。
3度の3連覇というのがどんなにすごいかがよくわかる。
そして、それを率いたフィルジャクソンは間違いなく歴代最高のHCと言えるだろう。
優勝の秘訣!?フィルジャクソンが愛した戦術トライアングルオフェンスとは?
それではトライアングルオフェンスについて紹介をしていこう。
トライアングルオフェンスとはコート上の3人でトライアングル(三角形)を作り上手くスペースを作り攻める戦術である。
この攻め方はスペーシングがきれいに保たれているので攻めやすく効率的な攻撃ができる。
また、トップやサイドの選手がカットをする事で別のトライアングルを作ることができるのだ。
シカゴ・ブルズではマイケル・ジョーダン、スコッティ・ピッペン、デニス・ロッドマン(ホーレスグラント)の3人を
ロサンゼルスレイカーズではコービー・ブライアント、シャキール・オニール、デリック・フィッシャーの3人を中心としてこの戦術を上手く使いチャンピオンになったのだ。
フィルジャクソンは先日ニューヨークニックスの球団社長になったがその時も低迷しているニックスをトライアングルオフェンスで復活させようとした。
結果は残念なものになってしまったが・・・
90年代後半、2000年代頭に猛威を振るったトライアングルオフェンスも時代、そして、新しいNBAの戦略には通用しなかったのかもしれない。
ただ、間違いなく、フィル・ジャクソンの時代のトライアングルオフェンスは最強だった。